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未来を先どりする野口晴哉の思想と技法

整体操法の基礎を学ぶ(34)椎骨の可動性

椎骨の観察で特に重要なことは、その可動性を確かめることにある。可動性に異常のある椎骨が悪い骨で、その椎側にも異常がある。

背骨は揺すぶると動きます。押さえると、その反動で盛り上がってきます。この押して戻ってくる力の度合いを見ることが可動性の観察ということである。

押してもへこまないとか、戻ってくる力が弱いとかいう骨が一番悪い骨です。ちょっと押しただけで、戻りは良くないが余分にへこんでしまうというというのは、過敏になっている椎骨で、押して痛みがある。

その逆に押してみて、へこみはするが戻りの悪い骨、鈍った骨には圧痛がある。過敏状態の骨の痛みは、針で刺された時のような痛み、その逆に圧痛というのは、膿んでいるところを押された時のような痛みです。

押しても動かない骨は、痛くも痒くも感じないし、押された感じさえ明瞭ではない。正常な骨の場合は、押せば押された感じははっきりわかる。

このように、椎骨の異常は、そこを押された時の知覚と一致している。

実際に押さえてみて、これは過敏だな、と思っても、相手に聞いてみて痛くないと言うようなら、それは異常な骨ではない。自分の感覚の方が間違っていたことになる。これは鈍っているから圧痛があるはずだ、と思って相手に聞いてみると、膿んだ処を押されているような痛みは感じていない、ということであれば、これもこちらの間違いであったと判る。

練習ではこういう確認をしながら、相手の知覚に添って進めていく。そういう練習を重ねていけば、軽く触っただけでその骨の可動性を感じられるようになってくる。

どういう道筋を通って、いつ頃よくなるか、ということは体を読めるようにならないと出来ない。ただ良くするだけなら愉気をすればいいのだが、それだけでは異常がたどる経路も、回復するであろう速度も、またそれに伴ういろいろな体の変化も判ってこない。それらが判ってくれば、操法を受ける人も、やってる本人も安心して見ていることが出来る。

だから、整体操法というのは、良くするということを第一の目的にしないで、良くなる経過を詳細に知る、ということを目的に、背骨を観察するということを行なうわけです。

椎骨の可動性は、動かないのを鈍り、動きすぎるのを過敏、そうでない中間を正常とみて、まずこの三つに分類する。押して硬いのは鈍い、へこんでしまって戻らないのも鈍い、普通よりも力を入れないのにへこんで割に早く戻ってくるのが過敏。曲がっている骨はたくさんあるが、そのなかで可動性のない鈍い骨は、ひとりでには回復しないが、そうでないものはひとりでに治ってしまうからそのままにしておく。過敏な骨は、現在の異常に関係している。今苦痛を感じている処である。鈍った骨は、異常を異常と感じないけれど、異常の元になっているところである。だから、鈍い骨の可動性を回復させるように操法すると、新しい変動が起こってくる。たとえば、操法した後発熱したとする。鈍っていた骨が胸椎十番の骨で、その回復をはかるべく操法した結果の新たな変動だとすれば、腎臓が変化してきたということが判る。可動性が変化してきて、胸椎三番に変化を生じたということであれば、呼吸器が回復してきたということが判る。

鈍かった骨が回復してくると、その骨は今度は過敏状態になってくる。そして、それに伴って排泄的な変化を生じたのちに、正常な状態に回復するという経過をたどる。

操法による反応は、停滞がまず弛緩し(第一反応)、つぎに過敏となり(第二反応)、最後に異常排泄(第三反応)が起こる。整体操法は、これらの反応を経過するまで行なう。

反応は、硬結、硬直、弛緩、過敏、圧痛、実、虚などがあり、いずれも弾力があるものと、弾力を失ったものとがある。

椎骨の状況は、右方、左方、上方、下法、突出、陥没、捻れ、過敏、圧痛、弛緩、腫脹などがある。

 操法の度合いは、長い、短い、速い、遅い、強い、緩い、鋭いなど。

操法を受ける側の感受性の状況は、順、逆、硬い、緩い、鈍い、鋭い、停滞、潜在観念強い、第一反応、第二反応、第三反応、無反応、遅い、速いなど。

これらの観察状況や転位状況、知覚変化を、克明に記録していくと、後になってとても役立つし、自分の進歩にもつながります。

 

首の椎骨の観察

頸椎の観察は、胸椎部の観察よりも比較的難しい。調べ方は、坐姿で、首を後ろに反らせるようにすると、弛んでやりやすくなる。もっとも反らすのは調べる時で、操法の場合には前に押さえる。すると相手は戻ってくる。戻ってくるように押さえるということが大事で、押したら前に行ったままでは駄目である。強く押すほど返ってくる。そして、相手が逃げるようにもう一度押す。そしてその逃げる方向を反対の手で当てて押す。すると相手は持ち上がってくる。力で持ち上げるのではない。これが操法としての押さえ方のコツである。

胸椎部も坐ったままで調べることが出来るが、一般的には伏せにした方が判りやすい。しかし、救急の時には坐らせたままやることが多いので、こういう調べ方も出来るようにしておく。頸椎部も仰向けで調べるのが正式である。

相手が坐った状態て調べる場合は、必ず腰椎三番の力を外しておいて操法することが大事である。頭部操法の場合も同様で、たとえば頭部第五を押さえる場合も、下頚を押さえる場合も、押して相手が後ろに返ってくる、抵抗が起こってくるようにすれば、その押さえ方の角度が合っているということである。

これは易しそうに見えるが、相手の力を止める、ということに於いては難しいのです。

坐って押さえる場合、どこを押さえて時でも、相手が自分より力の入らない状態でいながら、もし力を入れようとすればすぐにでも抵抗できる、という姿勢をとらせることが、一番最初に大事なことです。

 

練習

ちょっと練習してみましょう。頭部第五を押さえてみます。ここは整体操法の最初に押さえる急所ですが、ここが飛び出している人は回復力が弱い。鈍っている。体の力が抜けない。休まらない。相手の腰が浮き上がるように押さえてください。

 

首の三側は、上頚、中頸、下頸の三か所だけである。どれも押さえるとゴリっと触る筋肉の固まりがある。中頸は普通、甲状腺に異常があったり、クモ膜下出血の頭痛があったり、偏頭痛があったりする場合に異常のあることが多い。それ以外の場合にはこの中頸は使わない。使うのはもっぱら上頸と下頸である。上頚は脳の血行と関係がある。脳溢血でも脳貧血でも、めまいや吐き気の場合も、脳に関係することはみなここに影響がある。特に延髄の血行不良と上頸とは関係が深い。だから、ここは気絶した場合や痙攣した場合の救急操法の処となっている。

 

頸椎二番の一、二、三側は共に頭の問題が大部分で、頸椎二番が大きく飛び出して、頸椎一番の間に断崖があるようにはっきりしている時は、緊張が過度の状態になっている。つまり、頭のなかで何か緊張してしまっていて、もつれた状態である。そのために異常が起こっている。頸椎一番の場合は、精神状態そのものが乱れている状態。

これら二つの状態を見分けられるようになると、相手が神経衰弱なのか、ノイローゼなのかも判ってくる。突然暴れ出す、というような人にも対処できる。

頸椎一番は大脳そのものの血行、二番は大脳の血行の場合と延髄の血行の場合がある。三番は鼻の粘膜で、粘膜の分泌状態を調節するところ。鼻水でも鼻血でも三番を押さえる。鼻詰まりもここを押さえれば通るようになる。ただ、嗅覚の異常の場合は三番だけではだめで、胸椎十一番とも関連している。

頸椎四番は耳である。中耳炎、耳の周辺の異常、耳下腺炎などや、肺の収縮と関連がある。風邪で咳がなかなか止まらないというのは、肺臓の収縮が悪い場合である。吐くような咳も肺の収縮が悪いことによる。四番をショックすると回復する系統のものである。なお、頭の血行は呼吸器の血行と関連しており、鎖骨窩をジーっと押さえていると脳の血行異常の後始末ができる。血行の異常だけを調節しても良くならないけれども、これを併せてやると良くなる。流感なども全部これで良くなる。

歯も四番である。歯が痛むというのは、必ずしも虫歯のせいというだけなく、たとえば風邪を引いて、気が上に上がってしまった場合にそうなることが多い。その場合は頸の四番を押さえると良くなる。また、大股に歩くと良くなる。頸を押さえてみると判るのですが、足や腰の方にピーンと響く。足の外側をギュウギュウ押さえて、相手がいろいろ逃げようとしているうちに、ポキンと頸が鳴ることがあるが、それは頸椎三番である。足の踵を引っ張って、足首を治そうとして頸がポキンといって戻る場合は、頸椎の四番である。手をぐっと引っ張って狂うのは、頸椎五番、六番、五番は咽喉にも関係がある。咽喉が腫れて閊えるというのは、ほとんどの場合、五番の影響である。六番は、扁桃腺の狂っている場合である。鼻水が喉に落ちるというのは五番である。扁桃腺自体が腫れるというのは六番。甲状腺にも声帯にも影響する。声が出ない時、頸椎六番を押さえると声帯が働き出す。七番は直接には腕に関係しているが、六番、七番を通して迷走神経に関連がある。迷走神経の張力を増す。

迷走神経と交感神経は、自律神経といって体の機能を一方が肺を拡げれば、他方は縮める。胃袋でいえば、分泌運動を行なうのが迷走神経で、それを抑制したり調整したりするのが交感神経である。その迷走神経の張力を増すのに一番有力なのが頸椎の六番、七番である。内臓に分布する半分の勢力を頸椎六番、七番で左右していると考えると、可成り大きな問題である。分娩を行なうのも迷走神経の力である。排尿脱糞も迷走神経の張力の緊張が必要である。非常に影響力が大きい。

以上が、頸のごく大雑把な機能である。

 

つぎに胸椎です。

一番も腕に関係がある。気管にも関係している。心臓の肥大にも関係している。心臓の肥大は七番一番を叩くと落ち着いて来る。一番は迷走神経とは直接関係はしていない。

二番の右側は肝臓。ごくまれに胃潰瘍の場合に二番に異常が出ることがある。捻じれの肝臓は二番、左右型の肝臓は九番というように憶えておけばいい。

三番は呼吸器、呼吸器に異常がある時は、二番と三番が離れてしまっている。三番が大きく触れて、二番が落ちたようになって、そこに断層があるようになる。

四番も同じであるが、肺に関連している。三番四番は迷走神経を抑制する働きがある。

五番は胃袋に関連がある、胃といっても噴門を開く処である。四番は食道の収縮に関連がある。ほとんどの食道の異常は四番が陥没しているから判る。ただし、四番の陥没を戻すのは非常に難しい。

 

練習

一応五番まで説明しました。それでは坐った姿勢で、胸椎の一番から五番を調べてみましょう。椎骨の弾力状況、転位状況、それぞれの椎骨の間隔の状況を見てください。異常な椎骨を見つけたら、その転位している方向に向けて拇指を当て、もう一方の手を、力が拮抗するように寄せて、少し力が加わるように両手で押し合います。主にもう一方の手で、拇指の方向に力を持ってきます。そしてそのまま愉気をします。しばらくして弛んできたら、そのまま押して、放す。場所は異常の見つかった処でもいいし、二側でも三側でもいい。押すときは、その処にピタッと力が集まるように両手で合わせる。押したとき、相手が急に強く押されたように感じる角度をとる。狂っている方向に指が当たると、そこに痛みがでる。その痛い感じがちょっと増えるような角度で触るのが望ましい。ここで注意すべきことは、腰椎の三番が曲がっていると骨が変化してこないので、この練習を始める前に、予め三番を押しておいてください。腰椎三番を押し上げるように押さえる。では組んでやってください。

 

以前少し練習したと思いますが、肩の凝りの操法で、腕の疲れからくる系統、頸の疲れからくる系統、消化器の異常からくる系統という大雑把に見て三つの系統がありましたね。頭の緊張のための疲れも肩に現われますが、その場合は頸椎四番の調整をしました。臓器の異常は交感神経的な下頸にみなそれが現れます。それと同時に、それらが腕の疲労の状態で弱い強いを感じる。そこで下から来た臓器的なものの変動か、上から来た変動かを見る。上から来たものは迷走神経の傍が硬くなっている。下から来たものにはそれがない。そこで見分けて、下から来たものは肩甲骨の操法を行なうと消滅する。

 

少しやってみましょう。

その正規なやりかたは、脇の下から手を入れて相手の体をそらせるようにし、他方の手で肩を寄せるようにして角度を合わせる。この場合も腰椎三番を押すようにしてやる。ただ、それは難しそうなので、ここでは肩甲骨でやってみましょう。肩甲骨の穴を押さえて、肩甲骨を下に下げるようにする。上手にできると、相手の体がすっと伸びてくる。このときも必ず腰椎三番をおさえながら行う。当てている指には直接力を入れず、ただ触るだけ。押さえられると、痛む処があるが、それは痛いと思い込むだけで、実際に痛いわけではない。押された後になっても痛みが残るというのは下手な押さえ方である。放せば一緒に痛いと感じたことを忘れてしまう。ギュウギュウ押さえて、翌日そこが黒くあざになったというのは下手な押さえ方をしたためである。直接当てた指には力をいれない。力を入れすぎると相手は抵抗する。そうなるとせっかく愉気をしても、ピタッと決まらない。汗が出てこない。潮が順々に満ちていくようにジーっと力を加えていって、快い痛みがあるように感じさせて押さえるのが望ましい。型でこれを行なうと、どうしても派手にやる方が判りやすいこともあって、痛いといって逃げ出す形になりがちだが、実際の操法ではそれは望ましくない。

手を当てて変化を待つ。弛んできたら自然に指がスーッと中に入っていく。そこでギュッと押さえる。そして放す。弛んでいる時に押さえて放すと、引き締めの操法になる。すこし難しいですが、弛んだ時が判るように手を当てる。弛んでへこんだ中に硬結がある。どこででもあるというわけではないが、大体その調律すべき処、異常を感じる処を押さえると硬結が見つかる。その硬結を除くというのが操法の一番の目標である。硬結は指で押しつぶすのではない。硬結はごく弱い力で触らないと見つからない。落ち着いてゆっくりやれば誰にでもわかる。触手療法する要領で硬結に愉気していれば、そのコツはつかめます。

 

I先生「今後、中等の問題に進むことになるわけですが、これまでやってきた初等の課題を十分体得できたでしょうか。無理に先に進んで困る人が出てくるかも知れない。あまり無理をしない方がいい。自分では次にすすんでも大丈夫だと思っていても駄目なこともある。逆に自分にはとても駄目だ、と思っていたら大丈夫だったということもある。それは、操法する体が出来てきたかどうかの問題です。いろんな方法を憶えたかどうかとは余り関係がない。最初、講座を始める前に言いましたように、方法など憶える必要はないのです。ただ、指と体の使い方の訓練をすることが大事なのです。それが出来るようになれば、あとのことは簡単に進みます。今日はこれで終わります。」