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未来を先どりする野口晴哉の思想と技法

整体操法の基礎を学ぶⅡ(38)生きているということ

前回の講習から二か月、I先生のご好意で、新しいシリーズを学ばせて戴けることになりました。このブログでは便宜上タイトル(「整体操法の基礎を学ぶ」)を変更しないままで、標題に「Ⅱ」を付け加えさせていただき、さらに通番を括弧書きしておきました。

 

I先生「今日から整体操法中等講座を始めます。これは、これまでの「整体操法初等講座」「整体操法基礎講座」に続くものです。これからはより具体的に、体を変える技術へと進んでいきます。内容は、機とか、度といった中等の問題に入っていきます。内容の程度は三段以上の実力を持つ人を対象にしています。」

 

初等講座では、処とやり方の問題、あわせて手自体を訓練する、指を敏感にすることを説明してきました。これからは、それらを使ってどうやって体を治していくのかの問題に入っていきますが、その為の前提として、人間の生きているということについての広い意味での理解も必要と思われます。

頸が曲がっていると、曲がっている処を押せば治ってしまうように思う。ところが生きものというものは、鉄の棒なら曲げれば曲がったままになるが、下手に押すともっと飛び出してくる。だから処とかやり方とかを知っているだけではどうにもならないものがある。

生きものは生殖を通してどんどん増え続けるが、死ぬことで地球が生きもので一杯にならないで済んでいる。しかし生きているということは、この世に存在するという力としては極めて弱いものであって、生殖によってたくさん増えるということが積極的に行われなければ、すぐにこの世から無くなってしまう。その弱い生きものがこの世に生き、生存していけるのは何故か。

その理由の一つは、生きもの自体、意識するしないにかかわらず、自分の生きるのに都合がいい<適>というものを求めて絶えず動いているということがある。人間の場合、この<適>に動くということは無意識に行われている。これは本人が意識するしないにかかわらず、たえず都合のいい生き方として行われている。

人間に限らず生物はみなコロイド溶液、ニカワ状の物質で形成されているが、それはちょっと温度が高くても低くてもすぐ水と蛋白質に分離されて固まりだしてくる。ちょと塩が多くても分離するという、原形を保つのには極めて難しい条件を必要とする。その難しい条件に耐えて、ドロドロした状態を保って生きている。

水分が不足してくると強張ってきて、硬く固まりになってくる。それが体全体に及べば死んでしまう。部分的には、体が壊れてくる。コロイド状態を固めないようにするということは、かなり難しい問題であるが、難しいそれを<適>に動いてうまく保っている。そういうことが生きているということであって、人間を含めて植物も動物もみな<適>に動いてそれを保っている。

そして<適>に向かって動いているその動きは、一方で適に向かって動いて自らの体を安全に保とうとすること(自己保存)と、他方で個体を増殖して種の存続を強固にしようとすること(種族保存)とのいずれかに向かっていつも動いている。生きものを見る時には、その裡に、これら二つの方向に向かって動く存在であることを見ている必要がある。

人間の体を治す場合でも、人間の体の裡にある同様の方向を見て、その動きに沿っていかないと、体の修繕も、故障を治すことも、本来の軌道を外れてしまう。痛みを取り除いていくことを繰り返していって、痛みそのものを感じなくなって、滅びるということも無いわけではない。

生きものの裡にあるこれらの動きに乗っていくためにはどうしたらいいのか、という問題がこれから行なう中等での技術の問題でもあります。言い換えれば、相手を押すに際して、どんな時に、どれ位の程度でという「機」と「度」の問題です。

 

頸椎ヘルニアを例にとりますと、頸椎に異常を起こすと、最初は手が痺れる。指が動かなくなったり、痺れて知覚が無くなってくる。動きが悪くなってくる。そのうちに、足が痺れてくる。絶え間ない頭痛、頭重や苛立ちが生じてくる。そのうちに体の一部に麻痺が起こってくる。そうして足の先がだんだん効かなくなってきて、ひどいのは体の下半身の力がなくなってしまうとか、痙攣をおこすとか、いろんな徴候が起こってくる。

これらの元の多くは、頸椎六番が狂っている。レントゲンで調べると大抵ここが狂っている。今の医学では非常にこれの処理が難しい。もっと簡単な腰椎のヘルニアでも手をこまねいて、コルセットをつけるとか、引っ張るとかいろんなことをやっている。整体操法ではこういう異常の治し方は適しているはずなのに、少し上手になると治せなくなる人が多い。どんな腰の抜けた のでもサッと治せたものが出来ない。

操法を始めたばかりの人は、痛いものは腰椎一番、動けないものは腰椎三番、足に響くものは腰椎五番という教わった原則を、自分の判断の基準にして、それだけで遮二無二やっていたから、そうしている間は、腰椎のヘルニアは比較的簡単に治せたのだが、相手がレントゲン写真を持ってきて、腰の四番と二番が狂っていて、そこが悪いと言っているのを聞くと、確かに写真にはそこが狂っているのが写っているので、そこを治そうとしてやってみると効かなくなってくる。今まで通り原則を基準にやっていればいいのに、医者にそう言われたとか、写ったものを見ると、それに引きずられてしまう。そうして、治すのが難しくなってしまう。そうしてごたごたして時間が経ってから、やっと原則の腰椎一番、三番、五番の問題に戻ってくる。そういう経路を経て、戻ってきた時に本当に治せるようになる。そこを刺戟すれば治るのです。

医者に言われたからと、狂った骨を削ったり、無理にはめるというようなことをする人もいますが、そういうことをすると、後でもっとひどく壊れてしまう。

壊したところを直接治そうとする考え方は本当ではない。腰の二番、四番がこわれたように写っているが、どうも壊れるようにするところがもっと別にあって、そのためにそこが壊れたと考える方が本当のようです。

だから壊れている処を操法するのではなく、別の壊れるようにする処を調節すると、自動的に治っていくのです。

現れている現象と、その奥にある潜在しているものとを見分ける。潜在性の強いものの方が原因であることが多いのです。

 

物と違って、生きものを治すという場合には、こわれている処を直接対象にしない。骨が右に曲がっているからと、そこを右から押すと、もっと右に曲がってしまう。その逆に、右に曲がった骨を、左から押さえると自分で戻ってくる。曲がっている方にもう一回押さえると治るけれども、無理に戻そうと押さえると、痛いだけでなく他の骨にまで悪い影響を及ぼしてしまう。

 

頸椎のヘルニアの場合も腰椎の場合と同様で、原則はまず頸椎二番が狂っている。

頸を前後に動かせなくなっているのは七番。左右に動かせないのは頸椎四番。捻じれないのは五番。人により動かしてみて痛いところ、動かしにくい異常のところはみな違っている。

時に前後が六番、左右が三番、捻れが四番ということもあるが、そういうのは原則を外れているけれども、原則を行なう場合の弛める準備として考えて押さえればいい。

頸椎ヘルニアの場合、レントゲンでどのように写っていてもいいから、まず頸を動かしてみて痛い処、動けなくなっている処を調べる。

最初に頸椎二番を見て、そこを弛める。そのあとで頸を動かして異常のあった処一か所を処理すれば治ってくる。

左右に動かして痛く、同時に捻っても痛いという場合は、そのどちらが主体となるかを見定めて、一か所に絞る。両方やってはいけない。両方やるほうが親切丁寧に見えるが、実際には壊してしまう。絞ってそこをやれば、両方とも治ってくる。

 

軟骨が出ているとか、手が痺れるとか、足も痺れるとか、背中のこの辺も痺れるとかいろいろ訴えるが、頸のヘルニアを治すということに関して言えば、どんな症状があっても、頸が前後に動かなければ頸椎七番、ときに六番をやる。そうすれば三日も経てばいろんな症状もなくなってくる。痺れているのもなんとかしよう、などと考えるのは余分なことです。単純化していく。訴えに従って、あっちもこっちもやるのでは駄目で、単純に定石どおり、原則通りにやる。そうすれば治ってくる。

軟骨が出て頸椎の五番から七番が棒のようにくっついてしまっている、と医者に言われたとしても、前後なら七番、左右なら四番を原則通りやればいい。

 

ところで、頸椎ヘルニアというのは整体操法にとって極めて治しやすいものなのですが、実は高度の技術を必要とするのです。技術的には難しいのです。なぜ難しいかというと、ちょっとしか力を入れない、ちょっとしか力を使わないのです。ガっとやっても腰ならない大丈夫であるが、頸だと曲がってしまう。下手をすると曲がってしまう。生きものというのは、吐く息の速度で触らないと抵抗が起こる。特に頸を処理する場合は、人間は延髄で生きているのだから、一番大事な処なのです。心臓が止まっても死ぬとは限らないが、頸がちぎれれば死ぬにきまっている。だから頸の近くに妙な力が加われば、無意識に抵抗してしまう。生物は適に動く働きがあるから、そういう急所の近くでは、不適な力を絶対に受け入れないように出来ている。生きものは俵と違って呼吸をしているのです。俵なら持ってもいいし、転がしてもいいが、人間はそれに抵抗する働きが起こる。だから骨折したときでも、ソーっと触れようとしても、触らないうちに痛がる。くすぐるのでも、触らない方が却ってくすぐったいように、ソーっと触れれば、触っただけで痛い。強く触われば触ったで痛い。ところが、息を吐いている途中に、吐いている速度で触われば痛くない。相当乱暴に触っても痛くないのです。吐く息の速度で触るということをしなければ、みな余分な抵抗が起こる。それが痛いということになるのだが、頸の場合だと、そこが硬くなり、力が入る。それを強引に外から加える力で動かそうとすると、その力の入る処に力が行ってしまって、肝心の治そうとする処に力が行かないで、他が狂ってしまう。

頸を強引に押したら、翌日に背中が痛くなったという人がありますが、それはいかに強引な力を使ったかということで、最初に触る時に、相手の呼吸を無視して触ったからであって、それでは落第なのです。

それは物を扱う触り方であって、生きものとしての人間を扱う触り方とは言えない。特に頸の狂いを治すような時には、相手を無抵抗の状態にしておいて、力を抜いたままにしておいて、それから呼吸を意識してやらないとうまくいかない。

 

練習

頸椎を調べる場合には、坐姿で、中指または親指で触っていく。

前後の動きだったら、後ろに反らせるように持ってくる。左右なら、左右に動かすように持ってくると、異常がある場合は頸椎四番の処が硬くなってくる。捻れだったら頸椎五番の処を捻るように持ってくる。そうすると、相手は痺れを感じたり、硬くなったりと変化を起こす。そこが調節の急所である。

ところが、頸が狂っているのに、頸に感じないで肩に異常を感じたり、手に異常を感じたりすることがある。骨が狂って一番悪くなった処というのは、神経の働きも鈍っているので、そういうことが生じる。だから、相手に確かめて異常感を聞き出しても、必ずしもその感じが正しいとは言えない。

頸椎を調べて、異常のある場所を見つけて、そこを治そうとしても、本当には良くならない。相手の頸の動かしにくい方向に動かし、それによってそこに硬直が起こる。そこで、相手が息を吐いたままの力で最後にちょっと力を加えると、そこに抵抗が起こる。上手になれば、最初から息を吸いこんでいる時に、フッと押さえると一番最初にそこに緊張が起こる。ところが、すぐに他の処にも緊張が起こってしまうから、結局判らずじまいになってしまうが、ごく上手になると、そういう状態でも判ってくる。そしてそのほうが早く相手の抵抗を判ることになる。

普通は相手が息を吐いている時に頸を動かして、最後の硬くなる処を見極めていく。見極めるために、相手が息を吸ってくる時にちょっと力を加える。その際相手の息を吸う速度より早く力を加えると、すぐに抵抗が起こり異常がはっきり浮かび上がってくる。

それを治せばいいわけである。

ただし、頸椎のヘルニアを治す場合には、左右の場合ならその硬くなる方向から押さえる、捻れている場合には、捻っておいて押さえ、戻してからもう一度捻る。前後なら前に一杯に押していって、もう一回さらに押してからポッと放す。頸椎七番では左右に押さえない、四番では前後には押さえない、という注意がいる。

 

まず、相手の吐く息で押さえる練習をします。

出来るようになったら、今度は吸う息の時に押さえる速度をちょっと変えてみる。力を入れないで、相手にフッと力を感じさせるように押さえる。すると頸が硬くなってくる。一瞬、呼吸の間隙に押さえる速度を変えるだけで、相手の頸は硬くなる。これが出来るようになれば、治せるようになる。そうやって押さえたあとに、もう一回相手が息を吸いこんでくる瞬間に押さえておけば、正常にした椎骨の位置をきちんと保たせることが出来る。

ここで、頸を調べる時の練習をしておきます。頸を前方にやって、それを後ろに反らせるときに、自分では相手の吐いている呼吸に添ってやっているつもりでも、触った瞬間に相手は息をフッと止めてしまう。だから相手が真っ直ぐに坐っている位置のままで反らせようとしても、緊張してしまって反らせることが出来ない。そこで、一度まっすぐの状態よりさらに前方にやってから後ろに反らせる。そうすると、相手の吐く息に乗じて押さえることが出来る。

これは練習と言えども、よほど注意してやらないと、つまらないものになってしまい、呼吸をあまり意識していない初等の練習と変わらないものになってしまいます。

 

ところで、呼気、吸気というのは体の重さの変化でも感じとることが出来ますし、相手の動きを見ていても感じ取れます。

吐いている時は体が自然に弛んできて当てている手から離れていく、逆に吸っている時は自然に力が入ってくるので、こちらの手に寄りかかってくる。それは判りますね。

 

坐姿の相手の右側に、片方の膝を立てた中腰の状態で位置をとる。そして右手で相手の

頭をこちらの左方向、相手にとっては背中側に持ってくる。それから左手でこちらの右方向にもっていき、それから右手で前から後ろに反らせるようにする。

左方向の時も、右方向の時も相手の吐く息でおこなう。そして反らせるときは、相手が息を吐いた後、吸いに移る瞬間に、吸いこむ速度よりちょっと早い速度で押さえる。吸い込み始めの一瞬です。そして吐いている時に戻します。

出来ましたね。また家に帰って練習してください。

 

繰り返しますが、生きものというものは、いつも適に向かって自己を保存するのに都合の良い方向に無意識に動いてしまう。この生きものの無意識に動く方向さえ追いかけていくことが出来れば、そこに治す道が見えてくる。そういうのが整体の考え方であり、相手の中に治していく方向を見つけ出していく。そのために呼吸に逆らう処をちょっと作り出して、それによって生じる変化の起こる場所を見つけ出し、そこを操法の対象とするのです。

今日はこれで終わります。