野口整体を愉しむ

未来を先どりする野口晴哉の思想と技法

整体操法の基礎を学ぶⅡ(43)肋骨挙上法

からだの発する声に耳を澄ますとか、その微かな声を解読していくという作業が、いかに難しい事か。この講習記録を進めるほどに、その思いは深まっていく。しかし、われわれのからだ、生きて働いている私たちの身体というものの複雑さや精妙さを考えれば、そういう思いにとらわれるのもまた自然のことなのだと思う。

身体が、自然としての環界や人間が人為的、幻想的に創り上げてきた環界と渡り合っている以上、からだの発する声の内実が複雑でないはずがないからだ。

まして野口氏のように、これまで誰も読み解いたことのないような、触覚的言語を用いての身体解読の作業であってみれば、それはきわめて当然のことなのだと思える。

人為を尽くして天命をまつ、野口氏の整体操法についての講義や指導には、この言葉がぴったりとくる気がしてくる。

ここを押せばこうなる、こう治る、と言えるほど身体は単純な因果律で語れるはずのものではないし、身体が言語によって完全に覆いつくし、語りつくせるほど単純なものであるはずもない。しかしなおそれを語り尽くしたい、そういう情熱が、野口氏の言葉遣いのなかにはいつも息づいている。こうした野口氏の身体に対する構えこそが、私が「野口整体を愉しむ」ことのできる源泉であることは確からしく思われる。

私たちは、私たち自身に固有の身体、私でしかないこのかけがえのないこのからだの声に耳を澄まし、その声の意味するところを正確に言い当てるための手立てをほとんどもっていない。誰にでも共通する一般的な身体的指標は、医学や生理学の知識として豊富に身につけることも可能だし、それはそれで大切な知識だとは思えるが、しかしそれのみで、今ある私の痛み、今生じている私の苦しみの、全き意味での指標をからだの裡の表現として解読し対処することは難しい。それらには何かが欠けている。

自分の苦しみや痛みを、ほかでもない自分のものとして真っ直ぐ受け止め、自らの責任においてそれらに対処できるようになるためには、そうした一般論や普遍的知識のみからでは導き出せないものがあるはずだと思える。恐らくそれは、いまここに生きて生活している、この私という個人であり、その裡に息づく生命という豊饒だが未知を孕んだままの何ものかである。私は、野口氏の言葉を手掛かりに、その大事な何ものかを探り出しつかまえることができるのではないかと、いつも思う。

では、記録を続けます。

 

頸椎ヘルニアを治す場合に大事なことは、肋骨を挙上することであることを、前回説明しました。肋骨と頸とはかなり近い関係にある。肋骨が下垂すると、気分が憂鬱になる。とっさの時にサッと頭が働かない。時に不決断ということに結び付く。気が利かなくなる。気分が悪くなる。鼻も悪くなる。歯にも影響してくる。目覚めの悪い夢を多く見る。いろんな影響があるが、今日やるのは、頸椎ヘルニアの矯正としての肋骨挙上法です。

まず、胸椎四番と五番に繋がっている肋骨の間に指を入れて押さえる。胸椎三番が硬い場合は、その前にここを押さえて弛めていく。押さえる場所は胸骨のところです。

四番目の肋骨が極端に下がっている場合には、まず胸の下をじっと押さえてから四番と五番の肋間に指を当て、ちょっと上に向けて押さえるのが要点です。その前に、頭部第五、ラムダ縫合部を押さえておく。第五は、夢を見ると蓋をかぶったようになる。眠れないと飛び出してくる。二度寝するとそこがブクブクになる。

 

練習

この頭部第五に右手親指を当てます。そして相手を前方に押す。左手は相手の額にあてて、それを受け止める。力が拮抗して合ったところで愉気を行なう。こういう愉気をすると、相手の腰が浮き上がってくる。何もしないでただ第五に指を当てて愉気をするだけだと、腰が浮くようになるまでに三十分ほどかかるが、拮抗した処で力を軽く加えて愉気すると一分ほどで腰が浮いてくる。

次に相手に仰向けになってもらい、胸の左右でどちらか縮んでいる方を確認します。そして縮んだ胸側の肋骨の四番目と五番目の間を確認しますと、間隔が狭くなっていて、押すと過敏痛があります。そこで肩を畳から離すように持ち上げます。肩を持ち上げずに狭くなって硬いところを押すと、相手は痛いために緊張します。しかし肋間のこわばりを緩める時は、肩を持ち上げた状態で指を当てて愉気します。痛いのは変わらないが、肩を下ろすと肋骨が上がってきます。肩を上げる、次いで押さえる、それから肩を下す。愉気だけだと最低でも二十分ぐらいかかるからそうするのですが、そしてジーっと愉気をして二呼吸のあいだ押さえていると、そこが弛んできて拡がり、胸の厚さも左右揃って来ます。これがまず頸を正すための前提になります。

いろんな頸椎ヘルニアは、大抵これだけやれば治ってしまうことが多い。頸の操法までいかないで治ってしまう。

ここを愉気する場合、時間をかけてやってもいいが、そうするとやり方や相手によって時間に相違がでる。もちろん感応して弛んでこなければ意味がないから、練習では時間をかければいいが、その時間を短縮できるように練習するのも必要です。

一応、それを練習して下さい。

頸椎ヘルニアは頸椎の六番の動く異常がその実体ですが、五番・六番、あるいは六番・七番にも何らかの異常があるはずなので、胸部に移る前に、頸椎の硬くなっている異常の状態を調べておきます。頸椎二番も関係します。頭痛や頭重、吐き気、めまいがある場合、肋骨を上げると治っていきます。神経衰弱で憂鬱な状態も、肋骨を上げると変わってきます。以上のことを含めて、頸椎全体の硬直状態を確認してから、今説明した順に従って肋骨を持ち上げると、割に簡単に変わっていきます。

異常を見つけて適当にやったら何となくよくなった、というのは駄目で、たとえ練習であっても、関連する処を必ず調べて、操法したことによってその関連部分がどう変化したかをいつも見ながら進めていく。もちろん、実際に治したい処が変化しなければ何にもならない。まあ、そういうように指で変化や効果を実感していくようになると、適を得るということも判ってくるし、こちらの設計どおりに相手を変化させることも出来るようになります。

 

肋骨挙上の技術には、他にもいろいろありますが、アメリカのオステオパシーの技術は有名です。肋骨を一本一本押し上げていくんです。全部の肋骨筋を弛めます。外側へ外側へ押していって弛めて、それを上へ上へと押し上げていくように押さえます。大抵二、三十分かかります。それから腕を持ちあげて急に吸わせてフッと抜く、また吸わせてフッと抜くという操法をするわけです。なかなか大変なことです。その後、その改良形として、オステオパシーの一派の人達がラジカルテクニックといって、別の様式をとるようになったが、それ以外では肋骨という問題は、世界中で忘れられてしまって、胸部の操法というのはほとんどやらなくなってしまった。

しかし、夢を見る習慣、眠りを深くすること、憂鬱な感じを正すことの三つは、肋骨挙上法が一番効果がある方法で、これは整体操法では除くわけにはいかない。その後長い間その操法の単純化を工夫してきて、最後には、四番と五番の間か、て五番と六番の間のどちらか一点だけでよくて、あとのことは余分であるということが判ってきました。

これ以外にやるとすれば、鎖骨窩の操法ですが、そこに特別異常がない場合は省いていい。

肋骨挙上法のもう一つの効果は、顔の動きが変わってくる。顔が非常に緻密になる。陰気な人というのは顔が下がるんです。下がると老けてみえる。くたびれた感じや不愉快な感じになったりする。ところが肋骨を挙上すると、顔がみんな若返ってきたり、快感があるような感じになる。下がっていた顔が上がってくるからです。それは肋骨挙上によって頸椎の異常が治ってくるからです。肋骨挙上の操法の効果は、一晩寝てからはっきりするのですが、その場では顔が上がってくればうまくいったことが確かめられるのです。それくらい顔の筋肉は敏感に変わります。

 

頸椎ヘルニアやその類似症状で肩が凝った感じを早く解消する方法を紹介します。それは肩甲骨が動かなくなっている場合で、肩甲骨を動くように操法するとおさまってきます。その方法は、坐位になってもらい、脇の下から手を入れて、親指で肩甲骨をはがします。以前にもやりましたが、はがすときに肋骨に触らないよう注意します。指を突っ込んで、後ろに引くように持ってくる。逆の手は、相手の体を反らせるように角度を合わせる。そうするとお尻が持ち上がってくる。上がったらちょっと押さえて、五秒から八秒ぐらい保つ。当てている指を外に向ける。これですぐに効果が現れ、相手は異常感がなくなります。相手の呼吸の速度で行う。

今日練習した操法は、すべて相手の普通の呼吸のなかで進める。相手が呼吸を止めるようではいけない。

今日の講義は以上です。