野口整体を愉しむ

未来を先どりする野口晴哉の思想と技法

整体操法の提唱

野口晴哉著作全集第三巻』に「整体操法の提唱」(p.439-617)と題された昭和二十二年から二十六年ごろ、つまり敗戦後間もなくの時期の野口氏の文章がある。

 

そこには野口氏が「整体操法制定委員会」の委員長を引き受けることになった動機が次のように表現されている。

 

「(整体操法は)東京治療師会に於ける手技療術を行なう人々が、その技術を交流して一つの共通操法を産み、それを精神療法を行なう私の立場から裏打ちして標準操法を制定したのでありますが、・・・私が整体操法を提唱しました目的は、手技療術の標準操法を造る為ではなかったのであります。

電気、光線、磁気又いろいろの器具又薬物を用いて身体外部からはたらきかけ、体を整え、自然治癒を図る一切の治療行為に呼びかけて、これらが整体操法として行われることを希望したのであります。手技療術に携わっている人々が第一番にこの呼びかけにこたえてくれましたので、その手技療術の為に力を尽くしたのでありますが、私はこれからも、他の治療行為に呼びかけて、一切の治療行為が整体操法として行なわれる日を待っているのであります。これは人間の医術の革命であります。(中略)

 私がその(整体操法制定の)委員長になった理由は、私は精神療法で立っている者であり、手技療術に就いて無色なるが故である。・・・私はただ型を調える為のパイロットを為しただけで、整体操法そのものとは私は関係が薄い。それ故適当の機に整体操法から身を退く考えでいるのであるが、全国的にこれの標準操法が決定される日迄はお役立ちたいと思っている。

手技と器技の標準が確立すれば療術法制化の根拠ができるのであって、業者自らがこの問題を解決しないで法制化を得ようとしても無理である。・・・希くは手技療術がその本来の立場を自覚し整体操法となり、器技療術もまた器技による整体操法を制定して一元化する運びに至って貰いたいものである。 

斯くしてのみ医業類似行為に非ざることが明瞭になり、現代医術と別個の立場を主張できる・・・」(441-444)

 

ここには日本のすべての手技(および器技)療術を一元化し、統一された整体操法を根拠に、それを法制化したいと希求する、野口氏の敗戦直後期の、熱い志が伝わってきて興味深い。

国家による<医>や<医療・医術>の位置づけのありかたや、それをめぐる<法制度>のありかた、あるいは個人の療術家と治療師会という組織との関係などについて、若き野口氏が当時格闘し苦悶した姿が鮮やかに感じられるものとなっている。

 

くり返し「整体操法とは何か」について語る野口氏の次のテーマは、医の倫理についてである。「生命に対する礼」というのは、野口整体思想の根幹をなす倫理観と言えるが、それは操法する対象としての他人だけでなく、自分自身に対しても同様に向けられる。

そして野口氏は、操法する者と受けるものとの関係について、次のような高い倫理意識を要求する。

整体操法を行うということは、食べる為の職業であってはなりません。整体操法は人間の相互の愛情と誠意の現れであって、利害得失によって行なわれるものであってはならないのであります。・・・世相がどのように乱れましても、医術ということが営利の為に行われることがあったとしても、整体操法を行う同志の人達は、医は仁術という古諺をすててはなりません。三度のめしを二度にへらしても、腹一パイ食べる為にこの道をそれてはなりません。・・・一人の信念は万人の行動のもとです。この世の中が乱れれば乱れる程、吾々は自分の信念に生き、人の信頼に生くる欣びを知って整体操法を行ってゆきたいものであります。」(447-448)

 

もちろんこれは、整体操法を生業とする高度な技術と認識を学んでいる人たちに対してのものである。当時の野口氏の弟子への指導は、プロを志向する人たちにのみ可能な厳しい鍛錬がなされており、一般の人々はただそれら指導者から操法を受ける立場としてしか関係を持ち得なかった。

整体操法が、一般の人々に共有可能となるためには、整体協会が体育団体として認可設立され、その<体育団体>としての教育活動のために、多くの専門家を養成する必要が生じてきて以降のことである。

 

そうした経緯について、田野尻哲郎氏の「野口整体の史的変容ー近現代日本伝統医学の倫理生成過程ー」に詳しく論じられています。(註:私はこの論文をネットから検索しました。)田野尻氏はこの論文で、野口整体の理論と実践についてRichard KatzのEducation as Transformation(意識および社会的変容としての教育)という概念を援用しながら、詳細な分析を行っています。是非、検索してみて下さい。

 

すこし話題が逸れますが、見田宗介氏(東大大学院教授)については、「月刊全生」誌上(平成20年4月・5月号)に「美術の人間学」1・2を投稿されていますのでご存知の方も多いと思いますが、その見田氏周辺から田野尻氏や永沢哲氏をはじめ、多くの野口整体研究家が輩出されていることも、私にとっては興味惹かれるものがあります。