野口整体を愉しむ

未来を先どりする野口晴哉の思想と技法

整体操法の基礎を学ぶ(31)操法の実施様式

I先生、「今日は整体操法を実際に行う場合の順序について説明します。」

 

最初は礼です。礼は先回述べたように、ただ型ではなく、生命に対する礼、それがその意味するところです。同時に、礼を通して相手の動作特徴をつかみだす、きちんと観察するということも含まれています。相手の手のつき方、お辞儀の角度、お尻の持ち上げ方やその速度という動作を見るわけですが、とりわけ重要なのはそうした動作の速度です。どんなに急いでいても、逆にゆっくりしていても、お辞儀の速度の中にはその人固有のものが出てくるのです。自然に出てくるものと、意識して作っているものと二つ混じっていますが、それを観察する。その人の動作の中に、どれぐらいの意識の統制が及んでいるか、どういう時に無意識の動作をしてしまうのかを見定めます。

動作の速さを見ると言ったのは、操法を実際に行う時に、相手の速度が判らないと出来ないからです。同じ言葉を与えても、相手と同じ速度で話をすると、相手は自分の言葉で独り言をいっているのと同じように、何気なしにこちらの話を聞いてしまうが、それより遅いと荘重に聞こえ、速いと忙しく聞こえ、相手は急いで感受性をこちらに向けます。ゆっくり「あ、あぶない」といっても吃驚しないが、「アブナイッ」と早くハッキリ言うとハッとする。相手の速度をつかまえるということが操法する場合とても大事になるのです。動作の形は体の構造を、動作の速度は相手の感受性を表現しています。この、形と速度を正確に見極めるには何年もかかります、これは高等講座の範疇ですが、あせらずゆっくり身につけていってください。

お辞儀は相手の速度より一つ速くするか、逆に遅くするかします。同速度にならないようにする。お辞儀の速度は脈や呼吸数に比例しているから、誰でも大体は同じような速度です。だから同時にお辞儀をすることは簡単であるが、相手と速度を変えるというのは難しいのです。速度を変えると、印象に残る。相手より早くお辞儀をすませて相手の動きを観察するという方法もあるが、相手は自分だけお辞儀をさせられたような印象をうけるから、あまりよくない。だから相手よりゆっくりとお辞儀をして、相手が頭を上げかけた時にこちらが下げればいい。それぐらい差があった方がいい。遅い方が、相手の動きを見る余裕が出てくる。また、相手にも余裕を感じさせ不安に思わせないで済む。相手が異常を訴えても、ゆっくり構えて、相手より遅い速度で触っていくのがいい。礼は相手との速度を変えればいいだけだが、初心のうちは、今言ったように遅い方が効果をあげやすい。

 

後頭部への愉気

これは坐位で行う。ここに愉気して相手が弛緩するようであればそれでいい。呼吸が深くなり、脈が大きくなる。つまり、愉気の感応が行われるということが条件である相手の体の力が抜けてきて初めて操法をスタートさせる。強張ったままでスタートしないこと。弛み切ってから、伏臥になってもらう。

伏臥になってもらう時、黙ったままだと、前後や上下の人は顔をまっすぐ下に向ける。左右の人は左右どちらか、しばしば重心と逆側にむけることもある。捻れの人は同側に、開閉の人は頸だけでなく脚を開いてバランスをとる。伏せにしただけでも、これだけのことが判る。それが腰椎三番の状況と比較して、どれがその人の体癖状況なのかを見極める。これは大雑把でいいが、これから操法をやる際の見当をつける。

 

椎側の観察

つぎに、背中の一側が緊張しているか、二側なのか、三側部分の緊張か、そのどれが一番緊張しているかを見定める。一側なら頭の緊張、大雑把に言えば神経系統の緊張持続によって体の変動を起こしている。二側なら手足の使い方、あるいは意志とか意識的な心がスムーズに動かない状態を反映している。三側なら、内臓のどこかの異常状態を反映している。たとえば、胸椎八番九番が緊張している時でも、一側なら頭の緊張のために思わず無意識に食べていたのだけれども、それが二側だったら意識して食べた、おいしくて食べたということになる。

 

椎骨の可動性の観察

まず、背骨(棘突起)の飛び出したものだけ拾っていく。その骨の可動性、転位を調べ、慣れてくればそのままそこで調整してしまう。本当はこれだけでは調節できない。なぜなら、その体にはどれ位の体力があるのか、よび出し得る力があるのかということを知らなければ、刺戟の度合いというものが判らない。そこで、腹部の状況を見ることになる。

 

腹部の観察

腹部第一から第四、痢症活点を見る。第一が硬い場合は、胸部を上げる操法をする。胸部が下垂して第一が硬い場合は、それで弛んでくる。もしそれで弛まない場合は、背中の方の異常と関連している。

第二は側腹、第三は足と関連しているが、この段階で重要なのは第一だけである。というのは、第一が異常の時は、第二や第三に力が入らないからである。

第一が弛んでいて、下の方に力が入る時は、もとろん入り具合にもよるが、非常な異常ではない。だから第一と胸骨間を押さえることでいい。

そしてお腹の状況で体力状況を見ていく。第一が硬ければ刺戟に鈍い。背中を強く押さないと感じない。第二に異常があれば、割に力を入れなくても刺戟は感じる。第三に異常がある場合、少しの刺戟でも感じるが、はたらきだす余裕がないから、回復するのに長くかかる。こういうようにお腹の状態で体力状況を読んでいく。そして、その状況から背骨の操法というものを組み立てていくことになる。

お腹の状況を調べられれば、いよいよ操法ということですが、相手の異常をどのような順序で調整していくかということになると、操法の焦点を決めなければならない。あっちもこっちも一生懸命押さえている人がいますが、「どこを、何のために押さえていますか」と聞くと、ハテ?と、それから考える。

指の敏感な人なら、これが異常だ、これは異常でないとすぐに判るが、それが判らないまま押さえているのは問題外で、それでは怖いので、一応何のために、どのような目的のために、どういう体の状態ゆえに、どういう角度で、どういう力を使うのかをハッキリさせるために、これまで見てきたような観察をやる必要があるわけです。

 

こういう観察はとても面倒なことなのですが、上手になってしまえば省くこともできます。ただ、こういう観察を繰り返しながら上手になってこないと、いつまでたっても手探り操法の域を出ることは出来ません。

 

操法の練習

まあ面倒ですが、今日は椎骨の可動性、その転位状況、体の揺すぶりとそれに伴って変化する椎側、一、二、三側の状況を実際に調べてみましょう。お腹は省略します。

まず礼、次に後頭部への愉気、それから相手の体が弛むのを待って、背中を調べます。

棘突起の可動性はどうか、その転位状況はどうか、椎側の硬直状態はどうか。調べたうえで、椎骨の歪みがあるものの中で、可動性のない骨を見つけて、それを揺すぶってみる。揺する時は、その骨だけでなく、体全体が揺すぶられるようにゆする。そうすると一二三側のどこかに硬直の変化がくる。その歪みの状況が神経系統的なものか、運動機構の傾向か、つまり意識の傾向か、臓器傾向かということが判ってくる。

可動性の悪い椎骨を歪んだ状況に合わせて揺すぶると、一二三側に関連してそれらがゆるんでくる。

それ以外に、一二三側が弛んでくると、一側は頭、二側は手足、三側はお腹に関連して変化がおこってくる。特に三側はみぞおちが柔らかくなってくる。みぞおちが硬いうちは三側が硬直している。手足の力が抜けないうちは、二側がすーっと硬直している。

うつ伏せになった時に、二側の硬直度合いがひどいときは、手か足の力の抜けない処を抜けるようにすると、大部分の二側は弛んでくる。

三側が硬直して弛まない時は、みぞおちを押さえると大部分の硬直はなくなってくる。

頭部第二、第三を押さえると、一側の硬直の大部分は弛んでくる。

一側の硬直の場合に、頭部第二、第三を押さえるとかえって硬直がたかぶることがあるが、そういう時は腸骨の周辺を押さえると弛んでくる。また、一側の緊張には、大脳の緊張のほかに、生殖器の大脳昇華によるものがある。

 

二側の場合は、手や足の異常や緊張状態によって、変わってくる。例えば胸椎八、九、十番の左側三側が緊張しっぱなしになっている場合は、胃が痛むか、胃に不快感を感じている状態である。しかし、二側だからは手や足に緊張がある。例えば右足に力が入りっぱなしの場合にその右足の緊張を弛めると、そうした胃の痛みがひとりでになくなってくる。足や手ではなく肩や腕の緊張によるばあいもあるが、いずれにしても、随意筋の異常緊張がどこかで生じている場合は、二側の硬直としてそれらが反映してくるのである。だから、二側の硬直を見つけたら、手足や腕の異常緊張を弛めるようにさえすればいい。肩が上がってしまっている人は、普通逆側の脚を引っ張れば下がってくる。右手が上がらないという人の場合、左足を引っ張っておけば上がるようになる。そんなふうに、手足を弛めてみて、なお好転しない部分だけを直接押さえていく。

 

体癖的観察

上下型はあまり二側に変化をおこさない、おこすのは一側か三側。

捻れや前後型は二側に非常に変化をおこす。左右型や開閉型は、お腹に変化をおこす。開閉の場合は、お腹の場合でも、二側の影響のあるときは、ほとんど足首に現われる。

 

練習

三側に異常のある人をモデルにして、まずお腹の筋肉の状態を調べ、それから三側を揺すぶってどんな影響や変化をおこすか、観察してみてください。お腹は、周囲を内側に寄せるように押さえる。

つぎに、一側に異常のある人をモデルにして、一側を処理すると頭部第二から第三にかけての線にどういう影響があるか、また、この頭の線を刺戟すると一側にどういう影響があるのかを確かめてください。

ここまでのことは、相手の体に余分な負担をかけないための、準備の方法です。だからこの方法自体も、出来る限り要点を絞って、いじくることを少なくしていかなければならない。全部やるのではなく、一番効率よく変化する処を見つけ出してやる。それで残った処を次の調整場所とする。こういうやり方を引き算の技術という。

特に、随意筋と二側、お腹と三側、頭と一側、腸骨と一側というようにうまく使い分けられるようになると格段に技術が進歩する。それ以外に、胸部の硬直は頭部四、五。みぞおちの緊張は胸の五番と六番の肋骨の間。これも引き算の技術。子どもや赤ん坊だと、この引き算をするだけで済んでしまう。

このように、引き算していくと異常だと思っていたものが操法しないうちになくなってしまうことが多い。そしてなお残っている異常を対象とした操法にとりかかることになる。

 

(参考:触れるということ)

野口先生は、「私は自分ひとりでやっている時は、自分の指の感覚が特別いいということは判らなかった。実は人に教えるまでそんなことは考えたこともありませんでした。・・・教えだして判ったのは、革の手袋をはめてやってみますと、感覚が一般の人と同じであるということを知ってびっくりしました。・・・触るということは、人間の奥の心につながっていて、想像以上のことを呼び起す。敏感になると、相手の心の奥までわかる。ところが、自分の敏感になったことは初めは気づかない。しかし、わからないまま、だだやっているうちに敏感になりますし、触覚を通して心に映るものも豊かになってきます」ということをおっしゃっています。とにかく、はじめは判らなくてもがっかりすることはないので、興味をもって練習を続けてください。