野口整体を愉しむ

未来を先どりする野口晴哉の思想と技法

整体操法の基礎を学ぶⅡ(42)技術に於ける度の問題(二)

I先生「前回に引き続き、度の問題を行ないます。特に頸とお腹の関連を実際に自分の指で確かめて、その時の操法の度の適を得るということを、練習を通して身につけて行って下さい。では始めます。」

 

刺戟感受性 

人間には刺戟感受性というのがあります。外側から加えられた刺戟に対して、反発出来る量を刺戟というのです。超音波というのは、いくら体に対して加えられても、音としては聞こえません。寒さでも、余りに温度が低すぎると、寒さを感じないで痛みとして感じられる。ある感じる量の閾値を超えてしまうと、刺戟感受性が持っている領域を超えてしまえば体には感じられないようになっている。

体の内部でのごく小さな変動というものも体には感じない。その人がそれを刺戟として感じられる量に達するとはじめて異常を異常として感じる。この感じることのできる範囲の感じを、刺戟感受性といいます。

だから、こちらが刺戟を与えるつもりでいるのは間違いであって、相手がそれを刺戟として受け取ってはじめて刺戟となるわけだし、それも人によって感受する度合いというのは違っているのです。だから操法する場合も、相手の感受性の度合いによって刺戟の度合いを変えなくてはならない。

 

この刺戟感受性というものは、本来その人の体を守るためのもので、外界のいろんな変化に応じて、適に向かって、自らを変化させながら生きている。そういう弱い存在である人間の生存のための一つの手段なのです。そういう働きを、外側から余分に動員せざるを得なくさせられると、体自体がくたびれてきたり、変化すべき処が変化できなくなったり、ある処に過剰な刺戟が続いて、今度は鈍った処が起きてきます。鈍くなれば必要な変化が起こせないために、からだ本来の働きをなくして壊してしまう。

このことは操法する場合も同じで、相手の感受性の許容量を超えた刺戟を与えれば相手を壊してしまう。だから、相手の感受性を無視して、相手の適に向かって生きようとする方向を邪魔するようなことをしてはいけない。

相手にとっての無理な刺戟は、相手に防衛的な働きを強いることになる。それで鈍くなっていき、鈍くなるほどに力を強くしないと効かない体になってしまう。こういうことの繰り返しが、脳溢血やがんといった、体を守るための刺戟感受性が鈍くなった体を作る原因のひとつになっていると考えられる。

 

相手の適に向かって動く変化を、さらに敏感にしていくためにこそ操法は行われなければならないのです。自分ではそのつもりでなくても、一生懸命にやっていると度を越すことに気づかないことがある。

 

整体操法整体操法だと言える理由は、その物理的な技術にあるのではなく、相手の感受性に添って技術を使っていくところにある。

これは、心の状態についても言えることである。大事なことは、物理的な技術を心理的な感受性や生理的な感受性によって用いていくということである。

感受性というのは、心理的にも生理的にも相互に影響しあって働いている。お酒でも、同じ人が同じ量を飲んだとしても、体の状態や心の状態によって酔い方が違ってくる。こういう感受性に働きかける際に、愉気というのはかなり有効な方法と言えるのです。愉気というのは、相手の刺戟感受性に直接働きかけて、感じ方そのものを変化させることが出来る。従ってわれわれは、愉気をしながら押さえるという方法を用いるのです。

頭部第二を叩く、と言ってきましたが、叩きながら愉気など出来ないという人がいます。そうではないのです。そうではなくて、最初にそこに愉気をしておくのです。愉気をしてから押さえたり、叩いたりするのです。最初に愉気をして感応がないまま押さえると、物と物との動きというか、物理的な反応しかないのです。愉気をして触り、愉気をして叩くということは非常に微妙な動きがあり、その微妙なものが人間に働きかける場合、変化させる場合に非常に大切なことなのです。そういった微妙なものが人間を動かしているのだからこそ、微妙なものに働きかけるわけです。

わずかなためらいとか、わずかな焦りとかいった、心の中のわずかな動きが、すぐに体の動きまでも変えてしまうのです。逆にことも言える。わずかな自信とか確信とかがあるかないかで、その結果はかなり大きなものとなる。

 

操法する人のごくわずかの変化でも、相手の無意識はその微妙な変化を感じとってしまうのです。だから操法するひとがざわざわした気持ちがあると、相手も同じようにざわざわしてしまう。わずかな心の変化でも、感受性を通すと、その結果は大きな違いとなって現れてくる。

 

度を調べる、ということは、何気なしにやっていく、ということが技術としては大切になってくる。相手は、気配とか雰囲気とかいうものを敏感に感じ取っているのです。そして感じるが早いか警戒するとすぐに体が強張ってきてしまう。

 

お腹の変化を頸で確認する(練習)

今日の練習は、仰臥でまず腹部第一調律点を押さえる。相手が息を吐くごとに押さえていく。そうすると、お腹のあっちこっちに運動がおこってきて、高まってくる。そうなるまでそこを押さえる。何か悪いものを食べた場合などにこれをやると、どっと吐くか下すかという変化が起こる。押さえたところだけでなくお腹全体が動いて来るまで押さえることがこの場合必要です。お腹の調律点の中では、この第一が一番長く押さえる。

第一を押さえる時に、その押さえる前にあらかじめ中頸押さえておきます。腹部第一調律点の場合は、まず中頸の左に変化がおこり、続いて右に変化が起こってきます。捻れ型の人以外は、すべてその順序で変化が起こってきます。だから捻れの人以外は、中頸の左側を押さえておきます。

相手の頸椎三番の左の中頸に手を当てて、腹部第一を押したときの変化の連動として、中頸の変化を確認するという練習です。

相手の吐く息の速度で押さえていきますが、その時に、相手の頸をちょっと持ち上げるようにすると相手は息を吐いてきます。頸を持ち上げた時に息を吸っているようであれば、うまくいっていないということですから、一旦頸を下ろして、もう一度やり直す。相手の呼吸に乗らなくても、この頸の持ち上げがうまくいけば、相手は抵抗なく息を吐き、押さえられます。

そして第一を押さえて、中頸の変化の度合いを見ていきます。二回、三回と押さえて行って、お腹が動き出すと、当てた中頸の処も柔らかに弛んできます。こわばりが抜けてくる。抜けてきたら同時に放す。これが腹部第一の操法における、適を得た状態です。

中頸は迷走神経に関係しており、たとえば活元運動をして目が回ったなんていうのは、ここが硬くなっている。しかし、第一を押さえて、お腹の運動がおこってくれば、それが弛んでおさまってくる。

第一を押さえて、放す時機を逃すと、押さえが過剰だったり、不足だったりで、過ぎれば呼吸が深く入って来なかったり、不足だと弛んでこなかったりします。ちょうどいい時機に放した時にだけ、フッと息を吐いて弛みます。受けている人はそれがよくわかります。だから、押さえられているうちに、ふっと弛むときが来たのに、なお押さえられていることが判ったら、やっている人に教えてあげればいい。どんなに上手そうに見えても、やっている人の姿をみていて度を得たかどうかは判りはしない。あくまで受け手の様子を見ているほうが、それが判る。

 

第一の練習がうまくいった人は、次は腹部第二で練習する。こんどは、乳様突起の下の部分、頸椎二番の外側の処に左手を当てて、第二を押さえた影響を確認します。お腹に当てた手と、頸に当てた手に気が通ると、相手の頸が柔らかくなってくる。感応させるために、頸をちょっと動かしてみる。頸が硬いうちは、頸を動かすとお腹にも響いてくるが、気が感応するとその響きがなくなる。響きが無くなるように頸を動かして、両方の力が合わさると、大抵は感応してきます。頸に当てた手と、お腹に当てた手が一つに動くように、いつも焦点が一つになるように押さえることが大切です。

押さえる時に、自分の肘と膝がいつも同じ位置にあるように自分の体勢を決めていることが大事で、これは初等でやったとおりである。この型が決まっていれば、いちいち手に力を入れなくても、自分の体をちょっと動かすだけで相手の体は動いてくる。

 

お臍の周辺、これはお腹に何らかの異常があるばあいに押さえる急所です。そこを押さえる場合も、今やったように頸を動かすと、お腹の方も変化してきます。左手を頸に当てて、右手で臍の周りを押さえていく。臍の周りを、時計と反対回りに、臍の中心に向けて寄せるように押さえていく。時計と逆回りにと言ったのは、これは観察の為であって、実際の操法の時は、時計と同じ右回りで行います。

腹部の臓器に異常がある場合は、臍の周囲が硬くなっています。臍の周りが正常で中の臓器が異常だということは無い。

臍から下は下腸間膜神経、臍の上は上腸間膜神経を刺戟する処です。お腹だけを刺戟すると硬くなってくるので、お腹を押さえて頸を持ち上げる、するとお腹が弛みます。お腹を押さえたままで頸を弛めると、押さえた処をより強く感じる。頸の位置を変えても、押さえた処を強く感じる。

押さえている手の指を動かすと、処の位置が変わってしまうし、あとでそこの筋肉が痛くなってくるから、指は動かさない。これらに注意しながら押さえて行って、お腹に変化が起こってきたら、頸の方を弛める。

操法することと、度を見るということとを一緒に行う。それをさりげなく、何気なく行えるように練習する。

 

臍の周囲は、頸とは直接の関係はありません。ただ、迷走神経には変化が来る。とにかく、お腹の操法は頸でやる。このとき自分の構えをきちっと決めて行なわないと、自分の手首を痛めてしまうから注意すること。

相手の消化器に異常がある場合、胃袋の度合いは普通は胸椎一番、二番で見るのですが、特に胸椎の二番でその度合いを見ます。基礎の時にやったように、胸椎二番は肝臓の急所であるとともに、胃袋や胃潰瘍の処である。度は頸よりも胸椎二番のほうが強く現れる。胸椎二番の二側、両側ともに感じますが、人によって違うので、頸を動かしてみて、左右どちらが強く響くかを見ます。影響の強い方、強く響く法を操法の補助として使います。

お腹の操法を行なう時、臍より上の場合は、今見てきたようにやればいいが、臍から下の操法をする時に、相手が肩で逃げようとする場合がある。その時は、こちらの左腕、手首と肘の間を使って逃げないように、その逃げ道を封じます。それは相手の右肩が逃げる場合ですが、相手が左肩で逃げる場合は、それが出来ないので、頸全体を曲げてその逃げ道を封じます。

臍から下を強く押さえると逃げるので、肩を下げるようにする。するとお腹に強く響く。

頸椎ヘルニアの場合に、その痛みは頭を押さえると治ってしまう。それは神経系統が調節されるからです。ところが頸椎自体が異常の場合は、みぞおちに影響が出てくる。肋骨に沿った処が、脂がついたように硬くなって、そのまま痩せていく。そこで頸を治す場合にみぞおちを治しておかないと治らない。手術したり、牽引したりしても、これが治らないうちはすぐに元に戻ってしまう。頸の狂っている側のみぞおちを調節する。

 

腰痛の場合も、腰を直接いじるより、お腹を押さえた方がいい。特に、側腹を刺戟するほうが早く治るし、そうして治ったものは狂わない。

頸はみぞおちの、肋骨のヘリであるが、肋骨が下がっていると指が入らないので、胸骨側の肋骨を一つ一つ上げていきます。そうすれば指が入るようになる。入るようになれば大抵は自然に治るような傾向になっている。どれくらいで治るかを読むためには周期律特性によって数えるのですが、これは高等の問題ですのでここではやりません。

肋骨を上げる方法は、初等で五、六枚目の肋骨間を押さえることをやりましたが、頸椎六番七番に異常がある場合はそこだけやっても上がらないのです。そこで、肋骨の三枚目、四枚目の間を押さえます。

今日は頸椎ヘルニアをお腹で治すことをやったのですが、頸の異常はお腹で治すのが一番正当な方法なのです。こういう関連を通して行うことが、調節の結果を保つことになるということを憶えておいて下さい。今日はこれで終わります。